こんにちは。本寿院住職の三休でございます。戒名はいらない、俗名で位牌を作ればよいと思っていました。そのように考えておられた方から、お母様の戒名についてお礼のお葉書を頂戴しました。今回は、お葉書の趣旨を要約してご紹介しながら、戒名と位牌、これから続いていく供養についてお話しします。
費用への不安から、俗名の位牌を考えていた方のお礼
お葉書によると、最初はお位牌を俗名で作ればよいと考えておられました。戒名には高額な費用がかかるという印象があり、なかなか手が出なかったそうです。
その後、本寿院を知り、ご負担を抑えながら、迅速に戒名を授かることができたとお礼をくださいました。お母様らしい戒名で、文字からもお人柄が分かると喜んでおられました。ここでは、実際のお葉書の内容を要約してご紹介しています。
戒名の文字を見て、お母様にぴったりだと感じていただけたことを、私もありがたく受け止めております。
俗名の位牌という形だけでなく、供養の意味を考える
戒名は不要で、俗名で位牌を作ればよいと考える方からのご相談は、少なくありません。その背景には、戒名の費用に対する不安があることもあります。
動画では、俗名のお位牌について強い言い方もしています。これは、私が仏教者として、位牌に記す名前だけでなく、仏弟子として戒名を授かり、供養することを大切に考えているためです。
お位牌を形として用意することと、そこにどのような信仰や祈りを込めるのか。その意味を、一度考えていただきたいのです。私は、戒名と位牌を、その後も手を合わせていく供養につながるものとしてお伝えしています。
戒名は、仏弟子として授かる名前です
戒名というと、亡くなった後の名前だと思われることがあります。しかし、私が繰り返しお話ししているのは、本来、生きているうちに授かる名前だということです。私自身も十歳のときに授かりました。
戒律を守り、仏教徒として歩むことを誓って、仏様のお弟子となる。そのときに授かるのが戒名です。単に文字を並べて別の名前を作る、ということだけではありません。
亡くなられた方についても、仏様に導かれ、ご先祖の仲間入りをされるという信仰の中で、私は戒名を大切にしています。これは、本寿院住職としてお伝えしている供養の受け止め方です。
「自分でつけてもいいですか?」は、戒名を考える問い
私は『戒名を自分で付けてもいいですか?』という本を出しました。この題名は、自分で文字を組み合わせれば、それでよいと結論づけるものではありません。最後の疑問符を含め、戒名とは何かを考えていただくための問いなのです。
講座では、文字を選ぶ手順を知れば、その場で自分の戒名を決められると思って来られる方もいらっしゃいます。けれども、その前に、なぜ戒名が必要だと思うのか、何のために授かりたいのかを考えていただきたいと思っています。
故人を偲び、供養をしたいのか。費用や見た目だけに気持ちが向いていないか。私自身も、その問いを大切にしながらお話ししています。自分で考えることと授かることの違いについては、戒名は自分でつけてもいいか、という法話の記事もご覧ください。
戒名は、家族で長く手を合わせていく名前
供養は、一度名前を決めたら終わりではありません。お盆や一周忌、その後の回忌法要などを通して、長く続いていきます。お位牌や過去帳に記された戒名は、そのたびに故人を思い、手を合わせる名前になります。
私は、仏様となったご先祖に手を合わせ、自分の命が先祖代々つながってきたことに思いを向ける時間を、大切にしています。お墓参りができることも、そのつながりを感じられるありがたいことだとお話ししています。
これから先、ご家族や子孫がどのような思いで手を合わせるのか。そのことを考えると、戒名をお授けする僧侶としての責任も大きく感じます。お一人おひとりのお人柄や、長く続く供養を考えながら、私も悩み、心を込めてお授けしています。
費用の不安も含めて、供養についてご相談を
今回のお葉書には、費用への不安から戒名をためらっていたというお気持ちがありました。動画でも、経済的に難しい方への対応についてお話ししています。費用だけを理由に供養をあきらめず、ご事情をお聞かせいただければと思います。
お母様らしい戒名だと喜んでいただけたことを励みに、これからも、その方の人生と、ご家族が続けていく供養を大切にしてまいります。
動画でご覧になる方へ
お母様の戒名へのお礼と、俗名のお位牌、戒名を授かる意味について、こちらの動画でお話ししています。
本記事は、本寿院住職・三休の動画「戒名はいらない。俗名で位牌を作ればいいと思っていた」をもとに再構成しました。お葉書の内容は趣旨を要約してご紹介しています。


