戒名に「ランク」があるのはなぜ?
こんにちは、三浦尊明です。 先日、生前戒名を授与した方から一通のお手紙をいただきました。 そこには「亡くなった母の戒名を、先に旅立った父と同じランクにしたい」という願いが綴られていました。
ここで皆さんに問いかけたいことがあります。 「そもそも、戒名にランクなんてあるのでしょうか?」
「あの世も金次第」という不満の本質
世間では、戒名に対して多くの不満や疑問が渦巻いています。
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「仏教は平等と言いながら、お布施の額でランクを分けている」
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「院号居士は100万円など、死んでからもお金がかかるのか」
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「まるで新幹線の普通券とグリーン券のようだ。行き先(浄土)は同じなのに、座席が違うだけではないか」
こうした批判が出るのは、現代の戒名が「信仰の証」ではなく、まるで「商品」のように扱われているからです。
なぜ「いい戒名」が欲しくなるのか?
戒名に関する不平不満の多くはお寺に向けられますが、根本的な原因を少し深く考えてみましょう。
なぜ私たちは、俗に言う「いい戒名」を欲しがるのでしょうか。 「故人のために」と言われますが、仏教の教えでは、故人は仏さまの慈悲によってすでに救われています。実は、「立派な戒名を贈ってあげたい」と願うのは、遺された私たちのプライドや安心のためであることも少なくありません。
そこには、普段は意識していない「家」の概念が強く働いています。葬儀の時だけ急に「うちは〇〇宗の家柄だから」と、檀家制度の慣習に縛られてしまうのです。
檀家制度とお寺のあり方
ここで一度、**「檀家制度」**を見つめ直してみましょう。 この制度は江戸時代、幕府の政策(寺請制度)として強制的に始まったものです。信仰心から選んだのではなく、地域によって所属するお寺が決められたのが始まりでした。
しかし本来、お寺は住職のものではありません。 お寺を支える檀信徒の皆さんのものであり、地域の人々の心の拠り所です。お布施も住職のポケットマネーではなく、お寺という公共の場を維持し、次世代へ繋ぐための大切な寄付なのです。
菩提寺がある方と、ない方の違い
戒名の問題を複雑にしているのは、**「代々のお墓がお寺にある方(菩提寺がある方)」と、「公営墓地や散骨を選ばれる方(菩提寺がない方)」**を、同じ尺度で考えてしまうことです。
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菩提寺がある場合: お寺との長い歴史があり、お寺の維持を共に支える「責任と権利」があります。そのため、お寺の規律に沿ったお布施の形が必要となります。
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菩提寺がない場合: 特定の伝統やしきたりに縛られず、ご自身の信仰心に基づいて戒名を考えることができます。
これを混同してしまうと、「なぜあのお寺は高いのか」「なぜ自分で付けてはいけないのか」という摩擦が生まれます。
戒名は「販売」するものではありません
当院(本寿院)では、戒名のランクそのものだけで判断することはありません。 よく「いくら払えばこのランクをくれますか?」というお問い合わせをいただきますが、当院は戒名を販売しているわけではありません。
また、菩提寺がある方の戒名授与はお断りしています。それは、その方が大切に守ってきたお寺との関係を壊してはいけないからです。
戒名とは、仏弟子として導かれ、末代まで残る尊い名前です。 「どのお寺から授かるか」以上に、「どのような心構えで仏門に入るか」を大切にしていただきたい。戒名を通じて、お寺や仏教の本当の役割について、今一度ゆっくりと考えていただければ幸いです。
合掌
執筆:三浦尊明
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