ある有名人の方が、「お布施は領収書だ。あの世でも自分の名前を使ってもらいたいから、俺には戒名はいらない」と言って亡くなられたというお話がありました。 「名前によってあの世で差別されたくもないから、俗名のままでいいんだ」と、生前におっしゃっていたそうです。
今回は、この「戒名はいらない」という疑問にお答えしながら、仏教における戒名の本当の意味や、お寺とお金(お布施)の関係について、ホームページでも共有させていただきたいと思います。

戒名は「死んでからつける名前」ではありません
「自分には戒名はいらない」とおっしゃる方の多くは、一つの大きな誤解をされています。それは、「戒名は死んでからつけるものだ」という誤解です。
まず大前提として、仏教を信仰する方にとって戒名は必ず必要なものです。キリスト教の方が洗礼を受けて「クリスチャンネーム」を授かるのと同じように、仏教徒の証拠となるのが戒名なのです。
そして、戒名とは本来、生きているうちに「受戒(じゅかい)」をして仏様の弟子になる(仏弟子になる)ためのものです。 戒名の「戒」という字は、決して「(名前を)改める」という意味ではありません。殺さない、盗まない、嘘をつかないといった「戒律」を授かり、仏様のもとで修行をするという誓いの証なのです。
亡くなってから慌てて戒名をつけているのが現代の現状ですが、本来は生前のうちに授かっておくべきものなのです。
なぜ戒名が必要なのか?「極楽浄土」への願い
では、なぜ私達には戒名が必要なのでしょうか。
例えば、天寿を全うされたおじいちゃんやおばあちゃんであれば「俗名のままでいい」と思われるかもしれません。しかし、もし3歳の我が子が事故や病気で亡くなったとしたらどうでしょうか。親であれば何としても、「苦しみのない極楽浄土へ行ってほしい」と心から願うはずです。
戒名があることによって、私たちは正式な仏弟子となります。そして、仏様にお導きいただき、苦しみのない極楽の世界(宇治の平等院が具現化しているような世界です)へと生まれ変わることができるのです。
お寺は「お金で差別をする場所」ではありません
多くの方が「戒名=お金がかかる」「金額によってあの世で差別されるんじゃないか」と不信感を持たれています。
しかし、お寺とは一体何のためにあるのでしょうか。 東大寺や浅草の浅草寺など、お寺は昔から日本人の「心の拠り所」となってきました。そこは、お金を持っている人だけがお参りできる場所ではなく、誰もが平等に手を合わせることができる場所です。
「お寺は儲かったらいい」と私はよく言います。なぜなら「儲かる」という漢字は「信者(を者)」と書くからです。お寺を護るための寄付(喜捨)が集まることで、お寺は維持され、皆様の心の拠り所として存続していくことができます。決して、戒名を一つの「商品」として売買しているわけではないのです。
本寿院の戒名が「3万円」である理由
生前戒名の大切さをお伝えするため、私どものお寺では以前、戒名を「無料」でお授けしていました。
しかし、無料や「お気持ちで」と言われると、かえって皆様が困惑されてしまうことがわかりました。そのため、現在は「3万円」という明確な目安を設けさせていただいております。
お預かりした大切なお布施は、土仏を作ったり、ラオスに小学校を建設したり、人生や仏事の無料相談をお受けするための活動費として、大切に還元させていただいております。
最後に
私たちは、亡くなった方が「邪魔者」になるのではなく、「仏様となって、残された家族をいつまでも優しく見守ってくれる存在」になるのだと考えています。
お父様やお母様を亡くされた苦しみや悲しみの中にあるとき、心からホッとできる安らぎの場所。それが「お寺」でありたいと私は心から願っております。
終活や戒名、お布施のことで悩まれている方がいらっしゃいましたら、どうぞお一人で抱え込まず、お気軽に本寿院までご相談ください。
今回の内容はYouTube動画でも詳しくお話ししています。ぜひ合わせてご覧ください。 ▼ 動画はこちらからご視聴いただけます

