こんにちは。本寿院住職の三休でございます。葬儀に伺った際、ご遺族から、家族を数えると七人が本寿院で生前戒名を授かったとお聞きしました。最初のきっかけは、お父様の米寿のお祝いだったそうです。
ご家族の皆さんが、ご自身の戒名を大切に思ってくださっている。そのお話をご紹介しながら、生前に戒名を授かり、仏弟子として歩む意味を考えてみたいと思います。
米寿のお祝いに、お父様へ生前戒名を
お父様が八十八歳の米寿を迎えられた記念に、ご家族が生前戒名を贈られたことから始まったご縁でした。お父様も、生きているうちに授かれることを知り、安心だと受け止めてくださったそうです。
その後、ご家族の中で、自分たちも授かろうというお話になり、七人の生前戒名につながったと伺いました。一番若い方は三十代くらいだったかと、動画では記憶を確かめながらお話ししています。
まだ生きているのに戒名を授かるのかと、驚かれることがあります。私は、戒名を、亡くなった後の名前としてだけでなく、生前に仏弟子となって授かる名前としてお伝えしています。
自分の戒名の意味を、ご家族とともに知る
今回、お父様の葬儀に伺うと、ご家族の方々から、ご自身の戒名にはどのような意味があるのかと尋ねられました。そこで、それぞれの戒名についてお話ししました。
戒名には仏教の教えにつながる意味があります。動画では、お釈迦さまの教えに触れながら、名前に込めた意味をご説明したこともお話ししています。
皆さんが、ご自身の戒名が一番よいと喜んでおられました。私がお授けした名前を、そのように大切に感じてくださることを、うれしく思います。ここでは、ご家族との会話の趣旨を要約してご紹介しています。
仏弟子となって、どのように生きていくか
生前戒名を授かることは、名前を知ることだけで終わりではありません。仏弟子となり、その教えとともに、これからどう歩んでいくかということでもあります。
動画で私は、仏教を信じればお金持ちになれる、願いがすべてかなうというお話とは違うのだとお伝えしました。人生には、自分の思い通りにならないことがあります。そのことに向き合う教えとして、仏教を考えていただきたいと思っています。
思い通りにならない苦しみの原因を見つめる
欲しいものがあっても手に入らない。大好きな人とも別れなければならない。苦手な人とも会わなければならない。動画では、そうした苦しみについてお話ししました。
人は誰でも、いつか命を終え、大切な人との別れを経験します。思い通りにならないことを、何とか思い通りにしようとして苦しむ。私は、まずその原因をよく見つめていただきたいと思っています。
動画では、「諦める」を「明らかにする」という意味でお伝えしました。投げ出すということではなく、自分は何に苦しんでいるのかを見つめる。そのことが分かったとき、心が晴れることにつながると、私は考えています。
それぞれの名前を、これからの歩みへ
ご家族七人が、それぞれの戒名を知り、喜んでくださったことは、私にとってもありがたいご縁でした。その名前が、仏教の教えに触れ、ご自身の生き方を見つめるきっかけになればと願っています。
生前戒名については、本寿院の生前戒名のご案内をご覧ください。また、ご本人が戒名を気に入ってくださったお声は、生前戒名を授かった方のお礼の記事でもご紹介しています。
動画でご覧になる方へ
ご家族七人の生前戒名と、仏弟子としての生き方について、こちらの動画でお話ししています。
本記事は、本寿院住職・三休の動画「家族七人の生前戒名をいただきました」をもとに、生前戒名と生き方について再構成しました。ご家族との会話は趣旨を要約してご紹介しています。


