三休ございます
今日はお寺ネットの仏事相談の中から
お話をさせて頂きます
戒名とは?引導とは?
俗名お葬式で成仏するんだろうか
というようなタイトルです
相談番号は
5337番です。
星様という方からお坊様にお尋ねいたします
特に我が家が真言宗のため
真言宗のお坊様にお尋ねいたします。
私は葬儀社に勤めているのですが
最近俗名で葬式をする方が多いです
葬式を俗名で行った場合
成仏できるのでしょうか
俗名で位牌は開眼できるのでしょうか
それに対してですね
天台沙門さんからのご回答がありました
真言さんからのご回答がありませんので
質問者には不本意でしょうが
某、政令都市に所在をする寺を預かる
天台を主とする者の立場から
回答させていただきます
建前として
戒名は仏弟子になったことを示す
宗教名ですが本質的には死者の名前です
例えば源義経が牛若丸、遮那王
九郎、御曹司、判官、豫州 など名前をかえている通り
日本人はライフサイクルに合わせて
名前を変えていました
その伝統の中で
死者に名を与える諡号送るという行為が
戒名をつけるということになったと
理解できます私個人は
人類文化史という観点から
戒名とは名の形態を撮った墓碑銘で
あると考えています
葬式を俗名で行った場合
成仏できるのでしょうか?答えは、できます
肉体という制約から自由になった魂は
大日如来という
宇宙の真理と一体化しますから
俗名で位牌は開眼できるのかでしょうか?
できます。
ぜんじつの墓碑銘は死者の人格を表す文面であり
位牌そのものは死者の人格の象徴ですから
墓碑銘
に記されるべき死者の人格を表す表現として
生前の生命を採用したにすぎませんから
ただし伝統宗教儀式を経ない場合
ご遺族を初めてする聖者
死者は成仏できたとか
死者は死んだと納得できるかどうかは
別の問題です
伝統的宗教儀礼というものは
生者が死者の死を受け入れる
乗り越えるために
経験的に確立された文化的行為です
儀式化されているということは
マニュアル化フォーマット化されている
ということで
つまりはその行事に参加することで
無意識的に死を受け入れる
乗り越える好意を営めるという事
になります
しかし宗教儀礼がない場合には
意識的に死を受け入れる
乗り越える行為を行う必要があり
これはなかなか難しいのではないでしょうか
以上参考まで
真言宗のお坊様から
のご回答がありました
天台沙門様が丁寧に回答されておられます
が真言宗の引導作法を葬儀において
解説とともに
戒名とはどのようなものか
教示できればと思います
各宗派によりまして
葬送するお浄土も違います
浄土門は阿弥陀如来の極楽浄土
真言では大日如来の密厳浄土
そのため作法からさいがあります
真言宗における引導作法
近年は通夜と本葬儀が合同が多いのですので
区別せずに絡めて記載します
肉体を離れた魂は
いわば浮遊してとどまることを知りません
ここで位牌に沈める際に開眼をいたします
その後導師は剃髪式を
位牌に向かい行います
戒律やお経を授けたい導師が
唱えたものを霊に復唱させる
観念をもって行います
して僧侶になっていただくのですゆえに
戒名は法名になるわけです
我々僧侶が在俗の名前では修行ができないか
と問われれば
そんなことはないとは思いますが
仏門において出家得度とても重要
な儀式ですこの身のまま
新たに生まれ変わるという切り替えをしても
戒名はあるに越したことはありません
戒律を授け終われば阿闍梨になっていただくため
導師を勤める
阿闍梨が継承した
大日如来から自分に至るまで
歴代僧侶の名前を紹介をし
血脈をお渡しをいたします
また秘密の印をお授けいたします。
真言宗は三密「身」「口」「意」
を整える修行をして
即身成仏をする教えです
体に印を結び口に真言を唱え
心に三昧に授す
この三密を授けるために僧侶になり
段階を踏んで授け
それをここにぎょうじてもらい
成仏していただきます
また回忌法要は此岸
から応援するようなものだと認識されたら
間違いないです
戒名の有無は
上記の内容から
質問者様がどう考えるでしょうか?
仏門に入るという
御霊のためをおもい
金銭ではないところで測られると良いか
と思う次第でございます
はいちょっと難しいような
お話になったかもしれません
これからちょっと私の意見も
お話をさせて下さい
俗名で故人は成仏するんでしょうか
どうでしょうか
私は成仏はしませんと思います
成仏って何ですかね
仏になるということですね
仏になるということです。仏になる
ということは
仏弟子にならないと成仏はしないんです
仏弟子になるということが戒名を授かる
ということは名前を授かるのではなくて
戒律を授かるんだ
戒律を授かって
仏弟子となって初めて僧侶になるんです
だから亡くなった方は
みんなお坊さんになるってのは
基本的な考え方なんですね
戒名がなくて俗名で
お葬式をされたのか
という問題なんです。どうでしょ!
ほんの三十年ぐらいまえ
皆さんお葬式に行って
俗名の葬儀なんて
ほとんど見たことないですよ
どうですかね
まあ若い方だと
30年もあるかもしれませんが
ほとんどの方は必ず
お葬式の時には戒名がありました
なぜなれば戒名がないと
葬儀自体が行えないです
葬儀というのは
皆さんでお葬式をあげてる
お葬式の時に
お経をあげていると思ったら違う
あの時には今
真言のお話がありましたよに戒律を授け
仏弟子としての秘法を授け印院を授け
そして仏様として導かれる
こら浄土の教えもそうですね
仏様のお弟子様となって
実は浄土真宗の場合ですと
戒律というのはないんですけど
ただそこに仏様にそれを
南無阿弥陀仏とお念仏を唱えることによって
導いていただくと言うね
絶対他力本願の考えでも
その戒名がない
言える仏教徒にならない
キリスト教の方であれば天国ですよね
イスラム教の方であれば
また違うあの世があるわけですね
神道の方であれば
また違うあの世があります
仏教であれば
ここでもおっしゃっておられたらに
情報の宗派によって
いろんな浄土感ってなりますが
仏様のもとに導かれるということ
ここで問題なのは
どうして俗名で葬儀
俗名の葬儀なんていうのは
先ほども話したようにないんですよ
でもなんでそうなったのか
という歴史的背景を考えますとね
東京に出てきてね
都会に出てきて
そしてお寺さんとの付き合いもなくて
突然自分の両親が亡くなったじゃあ
どうしようか!
田舎には菩提寺がある、でも
それは自分の兄弟だとかで
本家が菩提寺があるのであって
分家であれば
その菩提寺のお墓に入るわけではない
わけですねもしなくなったら
じゃあ菩提寺の和尚さん
亡くなったので来てください
だけど来てくださいって言ってても
なかなか来ることができなかった
じゃあ東京のお寺さんでお願いしますよ
戒名だけは菩提寺で付けますよ
ということになりました
でもそれが今後
今度菩提寺のない方にとっては
じゃあどうしようかって
お墓、お墓が菩提寺のお墓に
戒名をつけなきゃいけ
ないからじゃあここは
とりあえず俗名で法要をしておいて
そして菩提寺に納骨をする時に
田舎の菩提寺で戒名を授かって仏弟子となる
これは師匠から弟子ということの考え方です
だから菩提寺の和尚さんから
その師匠になってもらって
亡くなった故人を導く
弟子になってそして
仏弟子として導いてもらえという考え方から
じゃあとりあえず俗名で
すますけれども
納骨をする時に戒名つけてもらってやろう
今度はじゃあ菩提寺のない方は
もしこれで戒名をつけてしまったら
今度納骨するときに困るよね
じゃあ俗名でやったらいいんじゃないの
と同時に 創価学会さんが
友人葬というのが、二、三十年前
ほど前から始まったんでしょうかねえ
日蓮正宗さんと創価学会さんが
こう揉めてしまってですね
でも葬儀はもう学会葬をやるんだ
学会葬も友人葬なんだって
まあ参加されたことあるかもしれません
けれどももうそこでは
お坊さんなしで皆さんでそれを供養する
だから戒名も何もないんですよね
だんだんだんだんそういう流れに
時代と時代とともにと言ったら
おかしいかもしれませんが
そういう流れに
変わってきているわけですね
そして今この現在
現代において戒名をいらないって言うの
戒名は後でつけてもいいじゃないかって
戒名何でつけるの
戒名高いんじゃないの
結局、今、お話したようになぜつけないのか
これはさきほど真言宗の
和尚さんにもありましたように
お金がいるとかいらないとか
高いとか安いとか戒名料という問題になって
戒名がどんどんどんどんいらなくなってきている
もう一度私は今戒名というものの大切さ
それを考えた時に
きっちりと授かることによって
俗名の位牌なんて意味がないと思いますよ
私はだからちゃんとお葬式に
それはね、私は実はね
葬儀社の卵の形にも
それは口すっぱくするぐらい
お話をしてるんですよ
あの戒名は大切なんだよって
だから学校でなんですけどね、授業でですよね
戒名って大切ですよ
また、youtubeでも、色んな所でも話ししてます
戒名料
という問題を分けてそうしないと
先ほど真言の和尚さんもそうですし
天台沙門さんもそうですけれども
個人がなくなった
亡くなった個人の遺族の人たちが
本当の意味で安心が出来るというのは
これは戒名授かって位牌があって
あー成仏できたと思えた時に
本当の意味で安心をして
手を合わせることができる
んです、これは長〜い間
日本に培ったこの檀家制度というもの
また宗教観というもので位牌があって
個人はとしてなくなって
そしてまたお盆に帰ってくる
お正月に帰ってくる
そのためにお中元これ
お中元ってのプレゼントじゃないんです。
亡くなった人が帰ってくるからそこ
にお供えしてくださいねって
お中元なんですよね
そのように死者と共に歩む部分では
私は必ず戒名
があったほうがいい
と思います。ですからまあ
皆さんどんどんどんどんなんかこう安い
安ければいいというもんだとか
金額の多寡によって
考えてしまわれますけれども
そうではないんだ
ま葬儀社を務めておられるのであれば
是非ですねこの機会に戒名
是非授かった方がいいですよ
戒名を、授かることによって
皆さんが本当に安心をして
亡くなった方がちゃんと成仏をされ
それとともに皆が安心して位牌を作って
四十九日には魂入れを
してそして皆さんがお盆を迎えられるですよ
こういう事を是非
皆さん分かっていただければと思います
ありがとうございました
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