志村けんさんのご冥福をお祈り申し上げます
戒名が授かり、墓石に刻まれたとの報道で知りました。
「瑞心院喜山健徳居士」
ずいしんいんきざんけんとくこじ
志村けんさん
俗名:志村康徳 1950年2月20日生 2020年3月29日寂
当院から授けた戒名ではありませんが、戒名の構成と意味合いについて想像しながら推測してみます
まず、戒名は「健徳」
志村けんさんのデビュー当時は、お父様の憲司さまの憲を芸名にされ「志村 健」とされていたようです。
その後、ひらがなで「けん」
お名前が、ひらがなの場合は、それを漢字におきかえます。
「見・賢・献・建・憲」など考えられますが、デビューの芸名である「健」を使われたと考えます。
そして、俗名の 康徳さんの一字を使ったと考えます。
ちなみに、いかりや長介さんの戒名は「瑞雲院法道日長居士」
俗名:長一 さんの「長」と日蓮さんの「日」が戒名となっています。
(wiki調べ)
次に、位号は「居士」
居士号とは、高位な戒名です。一般的な位号は、「信士」
居士(こじ)とは、男性における戒名の最後につける位号のことです。意味合いとしては、~様 ~殿のような尊称であります。元々の意味合いとしては、仏教徒として居を構えて修行をする男性のことを指す言葉でした。
居を構えるぐらいですから、それなりに裕福であり、長老としての意味合いもありました。ですから、通常60以上でないと授かることは珍しいです。
当院でも、3歳で亡くなったお子様の戒名に「最高の戒名を付けてくれと依頼されましたが、3歳であれば童子となります」このようにその方の年齢などで区分される例もあります。
江戸時代ごろでは、居士という位号は上級武士等にしか付けられない貴重なものでもありました。
ちなみに、浄土真宗では原則 位号を用いません(一部地域では使われる場合があります)
次に、道号は「喜山」
まさに道号にその方の生き方があらわれています。
喜劇王として、たくさんの笑い(喜び)を築いてこられました。
皆さんの心に灯した楽しみは、大きな山のようであると考えます。
何だか、戒名を見ているだけで皆さんの大きな笑いが聞こえてくるように感じるのは私だけでしょうか?
林家三平さんの法名 志道院釋誠泰(浄土真宗では、道号もありません)
藤山寛美さんの戒名 慈生院法明悦寛治徳善士
植木等さんの法名 宝楽院釋等照
榎本健一さんの戒名 天真院殿喜王如春大居士
最後に院号は「瑞心院」
院号とは、天皇がお寺を建てた事に始まります。
戒名を授かり、仏弟子としてお寺を建てる、その境地やお心が院号にあらわされています。
また有名な武将も寺院を建立し、その寺院名が院号となっています
例えば、
伊達政宗 瑞巌寺殿貞山禅利大居士 瑞巌寺というお寺は有名ですね。
織田信長 総見院殿贈大相国一品泰巌大居士 (大徳寺総見院が菩提寺)
上杉謙信 不識院殿真光謙信
足利尊氏 等持院殿仁山妙義大居士
補足:院のあとに殿をつけるのは、天皇陛下より一歩下がるという意味があったのですが、現在では逆転して解釈されているようです。
瑞心院
瑞心とは、美しく清らな心を意味します。
テレビで拝見していても、動物や子供たちをこよなく愛され、シャイで涙もろい、まさに純粋な方であっただろうと推測します。
[char no=”2″ char=”三浦尊明”]この戒名は、当院でお授けしたものではありません。勝手な解釈で想像してみただけですのでお含みください。[/char]
私が幼少の頃、お寺にお越しくださり、一緒に投扇興を興じたことはございますが、深い親交があったわけではありません。
戒名に関して、お授けになったご住職のお考えを受けて解説したものではございません。
ですから、戒名を拝見して、勝手な判断で勝手に想像しているだけです。その点をご了承ください。
戒名は、永遠の法名です
戒名を軽く考える方が多いことから、戒名の持つ意味合いや重要性。そして墓石に刻まれ、いつまでもそれが伝わっていく。まさに「永遠の法名」です。
その戒名を見れば、何となくその方の事が表現されていて、どのように生きてこられたのか?
社会にどのようにかかわってこられたのか?
院号 道号 戒名 位号 と分割して考えることでその方の人となりが伝わってきます。
会ったことのない祖祖父や先祖の戒名を見て、この様に想像してみることは、とてもその方を身近に感じ、思いをはせることが出来ます。
まさに、志村けんさんにふさわしい、素晴らしい戒名であると考え、私の勝手な解釈でお話しさせていただきました。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。合掌
コメント