こんにちは。本寿院住職の三休でございます。今回は、ご主人の戒名をお授けした奥さまから、お礼のお葉書をいただきました。ご主人は仏事のしきたりなどに懐疑的な方で、奥さまも戒名をお願いするかどうか、迷っておられたそうです。
その中で私の話を読み、本寿院にご縁をつないでくださいました。お葉書をご紹介しながら、仏教とは何か、供養はどのように私たちの心に関わるのかを、お話ししたいと思います。
迷いの中で、住職の話を読んでくださった奥さま
お葉書には、ご主人が仏事のしきたりなどに懐疑的だったため、戒名を授かることに迷いがあったと書かれていました。それでも、インターネットで私の話を読んだことや、宗派に関係なく授かれると知ったことから、お申し込みくださったそうです。
授かった戒名をご覧になり、ご主人らしい戒名だと感じてくださったとのことでした。ここではお葉書の趣旨を要約してご紹介しています。大切な方を亡くされた中で、そのお気持ちをお知らせいただき、ありがたく思いました。
戒名や仏教への疑問を、どのように受け止めるか
私がYouTubeで戒名についてお話しすると、戒名は必要ないのではないか、僧侶の商売ではないかという、厳しいご意見をいただくこともあります。私自身、心が折れそうになったり、これでよいのかと考えたりすることもあります。
突然ご家族が亡くなり、戒名について高額なお布施の話を聞けば、文字を付けるだけでなぜその金額なのかと、戸惑われることもあるでしょう。動画では、そのような見え方や、私たち僧侶の伝え方についても考えました。
そのうえで、仏教とは一体何なのか、お寺は何のために続いてきたのかということにも、目を向けていただきたいと思います。私は、葬儀や戒名の金額という面だけでは伝わりきらないものがあると感じています。
苦しみや悲しみに寄り添うことが、仏教の役目
動画では、写経を広める活動から私が受けた影響や、お寺の外で法話を伝えることへの思いにも触れました。父から聞いたお話もあり、すべてが私自身のはっきりした記憶というわけではありません。
私が大切に受け止めているのは、自分の苦しみや悲しみに向き合い、その心を見つめていくということです。仏教の教えを、普段お寺に足を運ばない方にも届けたい。その思いから、私も百貨店などで、つちぼとけを通じたお話をしてまいりました。
私は、人の根本にある苦しみや悲しみに寄り添うことが、仏教であり、僧侶の役目なのだと思っています。仏教の教えが十分に伝わっていないところには、私たち僧侶の側にも、考えなければならないことがあります。
ご自宅でも仏教の話に触れていただけるように
今はYouTubeを通して、ご自宅にいながら、時間を選んでお話を聞いていただけるようになりました。私は、そのことをありがたく思っています。
戒名のチャンネルでは戒名について、別のつちぼとけのチャンネルなどでは、仏教についてのお話もしています。こうした発信を通して、皆さんの苦しみや悲しみを受け止めるご縁につながればと願っています。
手を合わせ、安心して毎日を歩んでいただきたい
今回の奥さまは、ご主人らしい戒名だったと、お礼を伝えてくださいました。私は、その戒名がご主人を思い、手を合わせる支えになり、奥さまの安心につながったのではないかと受け止めています。これは、お葉書に書かれた言葉そのものとは分けてお伝えしたい、私の思いです。
一つひとつ供養をしながら、奥さまご自身が安心して日々を送っていかれる。そのことを、私は大切な仏教の歩みだと考えています。ご主人を偲ぶお気持ちに、これからも寄り添ってまいりたいと思います。
供養とご家族の心については、残された家族が救われる供養についての記事もご覧ください。また、戒名の後も続く四十九日・法事と供養のご相談でもお話ししています。
動画でご覧になる方へ
奥さまからのお葉書と、悲しみに寄り添う仏教について、こちらの動画でお話ししています。
本記事は、本寿院住職・三休の動画「仏教に懐疑的だった主人…それでも戒名をお願いした理由」をもとに再構成しました。お葉書は趣旨を要約してご紹介しています。


